
中津川には歴史的な名所がたくさんありますが、今回、中津川宿・恵那電廃線跡、そして苗木城跡を探訪しました。



中津川宿は、かつての観光中山道宿場町で、歴史的な雰囲気が漂う場所です。 江戸時代には多くの旅人が通り、賑わいを見せていました。 現在もその面影を残して古い町並みが残っており、昔ながらの建物や街道を歩きながら、歴史を感じることができます。

中川家

横町から下町の桝形

丸三間家(はざま酒造)

曾我屋家住宅

中津川宿本陣跡


桂小五郎隠れ家跡
料亭やけやま跡、長州藩を尊王攘夷に変更させた「中津川会談」が行われた。


北恵那鉄道線は、かつて、岐阜県中津川市の中津町駅と、恵那郡付知町の下付知駅を結んでいた北恵那鉄道の鉄道路線である。愛称は「恵那電」。昭和53年に廃止されました。40年以上経った今もなお、沿線各所に、列車が渡った鉄橋や路床が手つかずのまま残されている。そんな廃線跡鉄橋と苗木城を探訪する。


中津川駅


北恵那鉄道の起点・中津町駅付近

中津川第1橋梁

中津川第2橋梁

中津町から見る木曽川橋梁


廃線跡最大の絶景
玉蔵大橋からの木曽川橋梁の風景は、絶景が広がります。木曽川橋梁の背後には苗木城跡を頂く高森山(城山)や城山大橋、そして笠置山。それらが一枚の写真に収まります。

旧奥恵那峡下り乗り場から

恵那峡口駅

上地橋梁

北恵那鉄道廃線・上地橋梁

城山(苗木城)の東麓にある上地橋梁は、レンガ積みの橋脚が近代遺産のような重厚さがあり、背が高くとても美しいです。
上地橋梁

上地橋梁を上部から

飛騨街道側に入る

廃線跡はクマザサに覆われている

飛騨街道


木曽川右岸、城山(高森山)標高432mに位置する。全山で巨岩が露頭している山に築城された山城。築城時期については、諸説あり大永年間~天文年間(遠山一雲入道昌利説・遠山正廉説)が築いたとされています。


上地橋梁から大手門への道

上地橋梁から苗木城へ登る道を”四十八曲り道”と言い、三の丸跡まで約500m、標高差150mの急峻な道です。この道は別名”大手口道”とも言われ、領主の参勤交代等には、この道が使われていとのこと。古記録によると、「本丸まで48回曲る道」となっており、この道の由来となっている。
大手門(四十八曲り道)

四十八曲り道の登り口

つづら折りに登ると腰郭の石垣が

石垣が連続してみられる

石段らしき敷石が

東側を見下ろすと上地橋梁

腰郭の石垣が続く

隅石が確認できる

竹門跡の石垣

やっと竹門跡に出る。竹門という名前の門は、苗木城に2か所あった。いずれも城の外、外郭部にあり、名の由来は、扉が竹で作られていたことからきていて門番がいなかったとされる。ここを過ぎると駈門跡へ。
竹門跡から駈門跡へ向かう

駈門跡

駈門跡から三の丸に着く

北側に大矢倉前

苗木城最大の櫓建築

大門跡

二の丸

大石垣の城郭は、見ごたえがあります。

不明門跡(普段は閉められ忍びの門とも)

八大龍王

玄関口門跡

須磨明石

物見

仕切り門跡

的場跡

千石井戸

菱櫓門跡

坂下門跡

本丸口門跡

天守直下の石段

苗木城天守跡
山頂の天守跡には、幕末ごろに描かれた内郭の絵図を元に巨岩に掘られた柱穴を利用して、天守三階部分の床面を想定復元した柱梁建物がある。展望台として利用。



天守からの一番の見どころは、木曽川に架かる奇跡の鉄橋と言われる巨大鉄橋、木曽川橋梁です。その北恵那鉄道木曽川橋梁から山頂の天守跡までは、標高差約170メートル。急峻な四十八曲りルートを登り苗木城に立つ。レトロな廃鉄橋梁を巡りロマンの苗木城を探訪してカントリーウォークが楽しめました。

天守からの一番の見どころは、木曽川に架かる奇跡の鉄橋と言われる巨大鉄橋、木曽川橋梁です。その北恵那鉄道木曽川橋梁から山頂の天守跡までは、標高差約170メートル。急峻な四十八曲りルートを登り苗木城に立つ。レトロな廃鉄橋梁を巡りロマンの苗木城を探訪してカントリーウォークが楽しめました。
絶景・遠望に笠置山



巨岩に築かれた山城
苗木城天守は、岩山で天然の巨岩と自然石で作られた石垣の城郭は、見ごたえがあります。また天守展望台からの展望は絶景です。
