総石垣で巨大な城!!
信長が天下布武の拠点とした安土城の城跡で、標高約199mの山にある国指定の特別史跡。本能寺の変後に焼失し、現在残る石垣や天主跡、本丸跡の礎石などが歴史の鼓動を伝える。二の丸跡には豊臣秀吉が建立した信長廟もある。
安土山・安土城へ
東側石塁の虎口
大手坂
西側石塁虎口
伝羽柴秀吉邸主殿跡
ここは、織田信長の家臣であった羽柴(豊臣)秀吉が住んでいたと伝える屋敷の跡です。接客や主人の生活のために使われた中心的な建物(主殿)
伝前田利家邸跡
ここは、織田信長の家臣であった前田利家が住んでいたと伝える屋敷の跡です。
大手道から見た前田利家邸跡石垣
大手通に面したこの屋敷は、向いの伝羽柴秀吉邸とともに大手道の守りを固める重要な位置。
摠見寺石垣
摠見寺は臨済宗妙心寺派の寺、安土城築城の際、信長公が他所より移築し安土城本丸の西方の峰に自らの菩提寺にしたと伝えられている。
摠見寺
大手道の最上部
伝武井夕庵邸
摠見寺墓地
右に 天主・本丸跡
黒金門
黒金門
圧倒される黒金門の石垣
仏足石:昭和初期に石垣の中から発見された。
黒金門からの天主跡周辺図
二の丸跡石垣
二の丸跡石垣
本丸
天主へ
安土城天守台跡
背丈ほどの高さの石垣に囲まれた台地。礎石が整然と並んでいる。安土城の天主は、完成してわずか三年後の天正10年6月に焼失してしまいました。
背丈ほどの高さの石垣に囲まれた台地。礎石が整然と並んでいる。安土城の天主は、完成してわずか三年後の天正10年6月に焼失してしまいました。
天守台から琵琶湖と比良山系を望む
天守台から琵琶湖と比良山系を望む
二の丸
織田信長公本廟
織田信長公本廟
天主跡西下の二の丸跡に信長公の本廟がある。羽柴秀吉は三法師に年賀を表すべく登城し、翌二月信長公ゆかりの安土城二の丸跡に遺品を埋蔵して本廟としたとのこと。
摠見寺への石段
摠見寺入り口
三重塔
山の中腹に見える三重塔は、室町時代の建物で天正3~4年に信長公が甲賀の長寿寺から移築されたものとされている。仁王門は「甲賀武士山中俊好建立」とあり、信長公が天正年間に甲賀から移築された。
摠見寺址
仁王門(楼門)
摠見寺址から見下ろす西の湖
摠見寺址から見下ろす西の湖